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岡本哲治先生(副学長、医療学部長)の論文がドイツの医学誌「In Vitro Cellular & Developmental Biology – Animal」(SpringerNature)オンライン版に掲載されました

【本研究成果のポイント】論文掲載

● 家族性基底細胞母斑症候群(NBCCS)の患者および健康な兄弟に由来する疾患特異的人工多能性幹細胞(hiPS細胞)を誘導することに成功し、同細胞を用いてNBCCSの特徴を明らかにしました。

● 同hiPS細胞は、従来用いられているfeeder細胞や血清を用いない、無血清培養系で誘導することに成功しました。

【概 要】

東亜大学医療学部 岡本 哲治 教授(広島大学名誉教授)及び広島大学病院 濱田 充子 助教、

大林 史誠 歯科診療医中瀬 洋司 歯科診療医、高知大学医学部 山本 哲也教授、北村 直也講師らの研究グループは、家族性基底細胞母斑症候群(NBCCS)の患者および健康な兄弟に由来する末梢血由来単核球 (PBMC)から疾患特異的人工多能性幹細胞(hiPS細胞)を誘導することに成功し、同細胞を用いてNBCCSの特徴を明らかにしました。

基底細胞母斑症候群 (NBCCS、OMIM:109400) は、染色体9q22上に位置するヘッジホッグ(Hh)受容体をコードするPatched 1 (PTCH1)遺伝子の病原性変異より発症するまれな常染色体優性疾患です。

私たちのグループは以前、4世代の家族性NBCCSにおけるPTCH1新規病原性変異(PTCH1_c.3298_3299insAAG)を同定し報告しました1。本研究では、本家族性 NBCCS の患者および健康な兄弟に由来する末梢血由来単核球 (PBMC)から疾患特異的人工多能性幹細胞(hiPS細胞)を、feeder細胞や血清を用いない無血清培養系で誘導することに成功し、同細胞を用いてNBCCSの特徴を明らかにしました。

本研究成果は、2023年7月17日、ドイツの医学誌「In Vitro Cellular & Developmental Biology – Animal」(SpringerNature)オンライン版に掲載されました。

  1. Novel PTCH1 mutations in Japanese familial nevoid basal cell carcinoma syndrome. Human Genome Variation, volume 7, Article number: 38 (2020) 

<発表論文>

論文タイトル:Establishment of induced pluripotent stem cells derived from patients and healthy siblings of a nevoid basal cell carcinoma syndrome family

著 者:中瀬洋司1、濱田充子 1、大林史誠1、畑 毅2、北村直也3、山本哲也3、岡本哲治4

所属:1.広島大学病院 顎・口腔外科, 2.川崎医科大学  3.高知大学医学部 口腔外科学, 4.東亜大学 医療学部

掲載雑誌:In Vitro Cellular & Developmental Biology – Animal 2023, Published: 17 July 2023, DOI: 10.1007/s11626-023-00778-y

【背景】

基底細胞母斑症候群 (NBCCS、OMIM:109400) は、染色体9q22上に位置するヘッジホッグ(Hh)受容体をコードするPTCH1遺伝子の病原性変異より発症するまれな常染色体優性疾患です。同患者は、二分肋骨、手掌小窩、歯原性角化嚢胞などの症状を示すとともに、基底細胞癌、髄芽腫、卵巣腫などのさまざまな腫瘍に罹りやすい素因を持っています。

日本でのNBCCS 発生率は他の国よりも低いことが知られていますが、このような発生率の低さから、確定診断されていない本疾患患者の治療は主にかかりつけの皮膚科医や歯科医によって行われており、集学的治療が行われていないことから問題となっています。

現在までに、NBCCS患者におけるPTCH1の点変異、挿入/欠失、全体欠失などのいくつかの変異が報告されていますが、顕著な変異多発領域や普遍的な突然変異、さらに遺伝子型と表現型の相互関係は報告されていません。

患者由来細胞から誘導した疾患特異的ヒト人工多能性幹細胞(hiPS細胞)を用いた研究は、NBCCSなどの遺伝性疾患の発症機構や治療法を開発する上で非常に有用です。また、近年開発された遺伝子編集(genome editing)を用いて、正常細胞に特定の遺伝子変異を導入後にiPS細胞を誘導し、疾患モデルを作成することも可能となりました。しかしながら、この方法ではオフターゲット変異の導入や個体ごとのSNPs(single nucleotide polymorphisms)の違いなどの潜在的で重大な問題が存在します。同一疾患家系の個体は共通の SNPs を有するため、同一家系内の患者と健常者に由来する細胞から誘導した iPS細胞を用いた研究は疾患研究を行う上で非常に有用です。

【研究成果の内容】

我々はこれまで、鎖骨頭蓋異形成症、ヌーナン症候群およびCowden症候群の遺伝子診断と疾患患者由来のiPS細胞を樹立することに成功しこれら疾患の発症機構の解明に貢献してきました。

本研究では、4世代に渡る家族性NBCCS家系(PTCH1_c.3298_3299insAAG)の患者および健常な兄弟に由来する末梢血由来単核球 (PBMC)からiPS細胞を樹立することに成功しました。

NBCCS-hiPS細胞由来DNAの塩基配列を解析した結果、PTCH1_c.3298_3299insAAG変異が維持されていることが判明しました。さらに、本iPS細胞はoct3/4、nanog、rex1、sox2などの多能性マーカー陽性を示し、試験管内での胚様体形成法ではα-Ⅲチューブリン、平滑筋アクチン (SMA)、および α-フェトプロテイン (AFP) を発現していました。さらにヌードマウス背部皮下において形成した奇形腫は、内胚葉マーカーである消化管上皮、中胚葉マーカーである軟骨、および外胚葉マーカーであるニューロンが含まれてい他ことから、本iPS細胞は三胚葉への分化能を有する多能性幹細胞であることが明らかになりました。

NBCCS-hiPS細胞から表皮角化細胞への分化誘導を試みたところ、分化5 日目の細胞では免疫組織学的にTP63 とnestin陽性、keratin 5 (KRT5)陰性を示し、分化21日目では TP63 およびKRT5陽性、一方nestin陰性を示したことから表皮細胞へ分化していることが分かりました。さらに、ウェスタンブロット法 (WB) でも、KRT5 の発現は表皮細胞への分化に伴い徐々に増加した。さらに、NBCCS-hiPS細胞から分化誘導した表皮角化細胞の増殖能は、WT-hiPS細胞由来表皮細胞よりも有意に高かった。さらに、軟骨分化誘導では、NBCCS-hiPS細胞と WT-hiPS細胞のいずれも軟骨様組織に分化したが、NBCCS-hiPS細胞由来軟骨はWT-hiPS細胞由来軟骨よりもアルシアンブルー/PAS(AB)の染色強度が低く、軟骨分化が遅延していた。

今回、作成・誘導したPTCH1_c.3298_3299insAAG 変異を有する疾患特異的 hiPS細胞 は、NBCCS の遺伝子型と表現型の関係や病原性を明らかにするための強力なツールとなる可能性があります。本研究は、広島大学ヒトゲノム・遺伝子解析研究倫理委員会より承認されました(承認番号:hi-58、-72)。 この研究の登録前に、すべての参加者からインフォームドコンセントをいただきました。

【今後の展開】

1.ゲノム編集法によりNBCCS-iPS細胞のPTCH1病原性変異を正常に修復し、修復されたiPS細胞から分化誘導された軟骨組織、骨組織および表皮細胞組織を用いて、同一患者の骨・軟骨・表皮欠損の再生治療への有用性が高い。

2.今回樹立したNBCCS-iPS細胞は、PTCH1病原性変異を有する悪性腫瘍の治療薬開発のスクリーニングに有用です。

【お問い合わせ先】

東亜大学医療学部 教授 岡本哲治  Tel:083-256-1111(内線5092)  E-mail:tetsuok*toua-u.ac.jp (注: *は半角@に置き換えてください)

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