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卒業生からのメッセージ

法学専攻

本学への入学を目指す皆様へ

法学専攻 木村 真介(平成25年3月修了)

 本学の通信制大学院を修了し、私は三つの大きな財産を得られたように思います。一つは、修士の学位を取得し、学位論文を完成させることができたことです。二つ目は、高度な法律的専門知識を有する職業人に必須である「法的思考能力」を僅かながらでも得られたことです。そして三つ目は、師と仰ぐことのできる先生方や、今後同じ世界で切磋琢磨していくことができる仲間に出会えたことです。
 税理士法には、税法に属する科目等に関する研究により修士の学位を授与された者について税理士試験の一部免除を国税庁に申請出来る旨規定されており、このためには学位論文を国税審議会に提出する必要があります。大学院において学位論文を完成させるためには、明確な問題意識を持って法律学の研究に取り組み、その成果を法律論文という形にまとめなければなりません。このため、与えられたカリキュラムをただ受け身の姿勢でこなしていくだけでは、研究の成果でもある学位論文を完成させることはできません。さらに、社会人の方が仕事とこのような学術研究を両立させることは、決して容易いことではありません。
 本学通信制大学院の法学専攻には、複雑化する社会において活躍できる高度な法律的専門知識を有する職業人を養成することを目的として、インターネットを駆使した効率的な学習システムと、日本の法律学界における著名な先生方から直接指導いただけるという最高の研究環境が用意されています。まず1年次には、24時間受講可能なブロードバンド配信による講義の受講を中心として、民事法および公法の主要な分野について学習し、法的思考能力を養います。このような準備の下に、2年次には各専攻ゼミに所属し、研究を行いながら修士論文を作成します。問題意識に基づいたテーマの選定、論点の絞り込み、文献・資料・判例等の収集、情報の取捨選択、自説の構築と法理論上の検討、執筆、スクーリングによる指導、公聴会での発表といった手順で、約1年をかけて自身の研究を論文という形にしていきます。学位論文の完成にたどり着くまでには様々な困難が伴いますが、学位論文を完成させるための環境やサポート体制が本学には整備されていますので、後は絶対にやり遂げるという強固な意志と、そのための努力を惜しまない熱意を持ち続けることができれば、学位論文を完成させることができるでしょう。
 特に、スクーリングでは日頃書籍でしか存じ上げなかった法律学の権威の先生方から直接ご指導いただくことができ、大変貴重な経験となりました。さらに、本学で研究を共にする仲間たちは、目分と似た経歴を持つ人や自分と似た境遇にある人も多く、価値観を共有することができる友人ばかりでなく、尊敬すべき点を持つ友人たちにも恵まれることができました。
 近年では、租税訴訟の分野においても訴訟の提起が増加し、その問題の決着が司法の場で行われるという「司法国家化」の進展が見られます。このような大きな環境変化の中で、法的思考能力の重要性を認識することは、税理士及び税理士を目指す人にとっては今後避けて通ることのできない事柄になるのではないでしょうか。本学で鍛えていただいた法的思考能力は、私にとって大きな財産になると思います。
 最後にこの場をお借りしまして、厳しくも温かいご指導を賜りました租税法の金子先生、商法の吉川先生、前田先生、土田先生、そして様々な面で我々をご支援くださった大学院事務室の天本様に改めて心より御礼申し上げますとともに、本学入学を志す皆様のご健闘をお祈りいたします。

 

卒業生から続々と税理士試験免除の通知

 税理士試験は、税法に属する科目から3科目と会計学に属する科目から2科目の合計5科目が試験科目となりますが、この5科目全てに合格するのはなかなか厳しいようです。
 しかし、大学院に進学し、特定の要件を満たした修士論文を提出することで税理士試験が免除される制度があります。
 平成14年度大学院入学者から新しい改正税理士法が適用されることになり、法律関係の大学院修了者には税法に属する3科目のうち2科目が免除となります。詳しくは、国税庁のホームページをご参照ください。

 通信制大学院(修士課程)法学専攻の卒業生から、「国税審議会の「税理士試験免除通知が届いた!」との喜びのメッセージが続々と送られてきています。

卒業生からの喜びのメッセージはこちら

 

人間科学専攻

高度専門職業人になる

人間科学専攻 健康・スポーツ科学分野 栗田 興司(平成25年3月修了)

「学ぶことをやめたら、教えることをやめなければならない。」
 サッカーの元フランス代表監督のロジェ・ルメール氏の言葉です。私は2011年春、この言葉を胸に抱き東亜大学大学院の門をたたきました。私は現在、フィットネスコーチ、パーソナルトレーナーとして、プ□スポーツ、大学・ジュニアスポーツ、高齢者フィットネスと健康スポーツ分野において幅広い領域で仕事をさせて頂いております。1994年にフィットネスコーチという職業を健康・スポーツ分野の専門職として確立させたい、また自分自身この職業で生涯生計をたてていきたい、という思いからフィットネスクラブの社員を辞め、独立開業をいたしました。当時の日本ではフィットネスコーチという職業は独立して生計を立てていける職業としては認識されておりませんでした。そこで私は当時のフィットネス界に新しい風を吹かせようと日本にはなかった「パーソナルトレーナー」という職業の確立をめざし、アメリカにわたりメディアを通して日本におけるパーソナルトレーナーという職業の普及、ビジネスシステムの構築に尽力いたしました。それから約20年の時を経て、パーソナルトレーナーという存在は健康・スポーツ業界において最も注目される職業になりつつあります。個人に対してきめ細やかな対応ができるパーソナルトレーナーは来るべく超高齢化社会の切り札的存在、すなわち日本の未来を担う大変重要な存在になると感じています。今や国民の最大関心事ともいえる健康・スポーツ科学分野の研究はその需要を反映しているのか、まさに日進月歩です。我々には今後さらなる知識・技能が求められることは間違いありません。フィットネスコーチが高度専門職としてのスキルを求められる時代が来たといえるでしょう。2001年から私は血流制限下での低負荷レジスタンストレーニングの研究を始めました。この運動方法はスポーツ選手のリコンディショニングや高齢者の加齢による筋機能低下の改善に大きな可能性を秘めています。そこでこの研究成果を現場に生かせる運動処方として構築し、自分自身がこの分野における高度専門職業人として成長すべく手段の一つとして東亜大学大学院の入学を決意いたしました。私が東亜大学大学院を選んだ理由は二つあります。一つは私が研究でお世話になっている大学の先生からこの東亜大学大学院を勧められたこと、もう一つは東亜大学大学院の通信課程が、仕事と学業、研究を同時に成り立たせることが可能な画期的なシステムであることです。入学してみて24時間視聴可能なブロードバンド授業は仕事をしながら学ぶ者にとって最適なシステムであることを実感しました。繰り返しの視聴が可能な上、疑問点があれば先生方にメールやTELで質問をして指導を仰ぐことも可能です。研究指導においてもスクーリングを通して知識・経験豊かな先生方から様々なご指導をいただく事ができました。指導教官である江橋博教授からはスクーリング以外でも懇切丁寧なご指導をいただく事ができました。先生方の的確なこ指導のおかげで納得がいくまで学ぶことができ、また共に学ぶ素晴らしい仲間にも恵まれ、無事に修士課程を修了することができました。「学ぶことをやめたら教えることをやめなければならない」という言葉を胸に、健康スポーツ科学分野の高度専門職業人としての成長を願う私にとって、東亜大学大学院は最高の学びの場であったといえます。

 

環境科学専攻

奇跡の2年間を振り返って

環境科学専攻 渡邊 孝文(平成25年3月修了)

 東北で起きた震災直後の4月、入学式は黙祷で始まりました。私は社会人であり、一企業の管理職でもあったため、最初から就学はかなり厳しいものとなりました。巨大地震、津波、原発事故と衝撃的な災害が立て続けに起き、東日本いや日本全体の機能が低下したことはいうまでもありません。私も強烈な記憶として心に残っています。実際に震災に遭われた方々には哀悼の意を救助・復旧に当られた方には尊敬の念を抱きつつ、私を含めた企業人もまた一致団結して援助の手を差し伸べなければならない日々が続いたのでした。
 五十の手習いで始めた大学院生活は、この災害復興に向けた取組みと共に歩んでいたといっても過言でありません。私の人生にとり今回の災害は二度にわたるオイルショック、バブル崩壊、阪神大震災、リーマンショック・・・それらを超越した事例であったため、私が経験したことのない程の混乱と精神的なダメージが私を襲いました。
 同じ震災でありながら若さで乗り切った阪神の震災とは全く違っていたのです。阪神が都市部を中心とした狭い地域で起きたことに加え、隣接する大阪がさはど被害がなかったこと、津波や原発事故もなく被災地のことを優先することで切り抜けられたのでした。
 しかし今回は多くの方が救援物資や人間を繰り出したにもかかわらず原発事故という二次災害のため東京以遠の輸送がままなりませんでした。正面からのアプローチは行政により制限されたため、日本海回りで山形あるいは秋田側からの輸送手段しか確保できません。結果的に融通の利くNPOの物資が早く着いたのでした。
 電力不足によってその後の物資の流れも変わりました。宮城・福島・茨城にかけて銅や鉄鋼の工場や物流倉庫があったため大変な被害がありました。津波により在庫の流失が起き原発事故による電力不足で生産力が極端に低下しました。特に銅は今でこそ鉱石は輸入されていますが主に伸銅(材料として加工)されていたのは、明治以来南東北であったのです。
 製造業の一員として私も背水の陣がごとく働きました。福島から大阪へ生産拠点を移し、茨城の減産分は遠くタイからの輸入もありました。鋼材は東北で生産できない分神戸や北九州に協力を求め力添えをいただいたのです。そういった混乱がしばらく続き、1日をどのように過ごしていたか今となっては記憶が定かではありません。
 そんな中でも帰宅してPCを開くと何事もなかったように授業が展開される。一向に改善されない東北とわずかながらも進展が見られた学習の繰り返しで一年目が過ぎました。十分な時間を勉強に費やすことができたかというとそうではありませんが、レポート提出の度、私にとって専門外の事象を分かり易く解説いただけたこと、先生方に柔軟な対応をとっていただけたことによって改めて勉強の良さを実感できたことは充実した日々を過ごせたといえるでしょう。
 年二回のスクーリングでも先生方と交流できたので、より一層学びの楽しさについて身を以て体験することともできました。
 中でも学習からしばらく遠退いていた私に対しても分け隔てないご指導をいただいた先生方のおかげで、後半の一年で修士論文提出まで辿り着くことができました。
 テーマ決めから公聴会に向けては、私ができる範囲で自由に計画させていただき、本当の意味での自ら学ぶ姿勢を体験できました。この場で改めて諸先生方にひとかたならぬ感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。
 結果的に自分の中で何かを達成できたことで、仕事上の膠着感を打破できたことは自分の体験を語る上で必要不可欠であろうと考えています。これから新しいことに挑戦されるみなさんへ一言お伝えできるのなら、たとえ忙しくて時間がなくても自身の努力と工夫で必ず前進できるものです。通信教育だからこそ、時間的な制約や物理的な制約から解放された学習が実現できるのではないでしょうか。そういった環境づくりが本学ではなされているといえるでしょう。ご興味があるみなさんは是非とも本学の門を敲いてみて下さい。

 

デザイン専攻

貴重な体験

デザイン専攻 木村 光(平成21年3月修了)

 私がデザイン専攻への入学を決意したきっかけは 、入学半年前の秋に、東亜大学大学院を見学したことです。予約もせずに、また平日の午前中にもかかわらず、4年生が教授を呼びに行ってくださり、その後、教授から丁寧な説明を受けました。これによって、インターネットによる授業方式など、私が抱いていた幾つかの不安が解消されました。
  大学院入学後は、私が勤務している大学の校務との両立を図ることがすべてでした。そのためにはリズムを掴むことが大切です。幸いカリキュラムはいくつも平行して行うものではなく、一つの科目を集中して受講するシステムでしたので、一科目終了するたびに、「さあ、次の科目へ進もう!」という気力が涌きました。時には二度、三度と受講しなければ理解できない講義もありましたが、自分が納得するまで何度でも繰り返し受講できることは、本学の大きな特徴です。また、与えられた課題だけではなく、自主的な課題を設定して、一緒に郵送させていただきました。例えば、木工制作の課題が出題された際には、勤務している大学の木工機械をすべて確認し、写真などを添えてまとめました。こうして、自分が現在置かれた環境も同時に見つめ直すことができました。
  夏期と冬期に行われたスクーリングでは、必ず通学課程の学生と一緒に発表会が行われました。ここでは通信課程、通学課程の壁がなく、全く対等に批評されます。最初は戸惑いましたが、二回目の発表会からは、パソコンによるスライドや配布プリント用意をして下関へ向かいました。また、スクーリングの合間に下関の風光明媚な箇所を見学する機会にも恵まれました。しかし、発表会があるため、観光気分にはなれませんでしたが、よい思い出となりました。
  デザイン専攻の特徴として修士論文は、論文の中に作品が含まれます。論文のみか、論文と作品ということで、私は後者を選択しました。平日は論文をまとめましたが、要旨から離れないように論文を書くことに苦戦しました。幸い主査、副査の教授からの端的なご指導によって何とかまとめることができました。また、勤務の関係で、平日は作品を制作できないために、8月の夏休みに特に集中して制作しました。
作品の制作展は1月下旬の雪が降る中、下関市立美術館において、一週間にわたって行われました。遠方へ運ぶために作品が壊れないだろうか、指定時間に届くだろうか、といった不安がありましたが、学部の3、4年生たちが美術館での搬入、搬出の際に手伝ってくださり、スムーズに事が運びました。学部も大学院も、みんなで協力して修了制作展を盛り上げようという気持ちがひしひしと伝わってきました。
  学位授与式の後に感じた達成感を忘れないように、そして、これらの貴重な体験を今後の研究活動に生かしていきたいと思います。
  また、おかげさまで中学・高等学校美術教諭専修免許状が、学位授与式の一週間後に教育委員会から授与されました。これは県教育委員会へ個人で申請したのですが、そのためには大学院事務室で作成していただく申請書類が必要でした。これらの書類を敏速に発行していただいた事務室の方々に、この場をお借りしてお礼申し上げます。

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